私は天使なんかじゃない







旅の始まり





  少年は旅立つ。
  それが長い旅の始まりだとも気付かずに。





  「いらっしゃい。あいにくオーナーは、あんな調子だがね」
  「マジかぁ」
  店内で壁に背を預けている傭兵は俺にそう呟く。
  この傭兵、かなりの腕前だと思う。
  俺のギャング団に加えたいものだぜ。
  「……」
  カウンターで店主のモイラ・ブラウンは一心不乱に何かを書き上げている。
  資料が所狭しと並んでいた。
  「出直した方がいいか?」
  「だと思うよ」
  メガトン随一の商品量のクレーターサイド雑貨店。
  これに関しては誰も文句は言わないだろう、基本的に露店や旅の商人が路上では商売はしているものの、店舗としての店はここしかないのだから。
  武器、弾丸、ジャンク、食品、部屋の家具やら内装やら一手に引き受けている店。
  便利な店だ。
  問題があるとしたら店主の気質だろう。
  気分で店を運営しているから今回のように開店休業も珍しくない。大抵そういう時は自分のことにのめり込んでいるから新色以外は反応しない。反応しないようにしているのか本当に
  気付いていないのかは知らないけど、その集中力は大したものだと思う。ちなみに銃のカスタマイズをしてくれたのも彼女だ。
  ……。
  ……かなりぼったくられたけどなー。
  お蔭でギャング団結成が遅れることになった。
  9oピストル×2丁、装填数アップの為のマガジンの拡張、合計で2000キャップはぼったくりだと思う(泣)
  「なあ、服は入荷したのか?」
  店主があんな感じなので傭兵のおっさんに聞く。
  接客も給料の内なのか、見かねてしているのかは知らないけど傭兵は答えた。
  「防具や服を専門としているクロウってキャラバンの男は来てないぜ」
  「じゃあ、まだか」
  「多分な。ただハリスは来たな。最近どっかの商人が西海岸の武器を持ち込んだらしくてな、ここにも入荷しているぞ。見ていくか?」
  「いや、それはいい」
  買ったばかりだし。
  この9oも西海岸で一般的に出回っている銃で、東海岸であるここは10oが主流だ。最近まではボルト101から持ち出した10oを使ってたんだが9oの方がクールだからな。
  買い換えたってわけだ。
  「モイラは何してんだ? 何を書いてるんだ?」
  「サバイバルガイドブックだよ」
  「サバイバルガイドブック?」
  「赤毛のお嬢ちゃんがオーナーの要望に応えて集めてきたデータを今、本として書き上げてるんだよ。最後の章は各街の成り立つやら歴史らしくてな、そこら中から資料掻き集めて
  まとめてるんだよ。本来なら彼女に頼むつもりだったらしいが、彼女は旅に出てるからな」
  「その本が出来たらどうなるんだ?」
  「荒野を彷徨ってる連中が食うに困らなくなるらしい。ウェイストランド初心者でも本が出来たら、生きていけるんだとさ」
  「そりゃすげぇなっ!」
  ボルト101が開放された時にあの本があれば、ボルトの連中も外で生きていけるってわけだ。
  是非とも書き上げてほしいぜ。
  「何か俺も手伝うか?」
  「もう必要ないだろ。資料も集まったし、あとはオーナーが街の歴史を抽出して書き上げるだけだしな。データは赤毛の嬢ちゃんが集めたし」
  「出版が楽しみだぜ」
  「そう伝えとく。他に用件は?」
  「ないぜ」
  まだ服は来ていないらしい。じゃあ戻るとするか。
  昼飯食わなきゃな。
  そうだ、あの怪我人をDrを預けたから、治療賃としてDrに昼飯デリバリーするって約束だったな。
  戻るか。



  ゴブ&ノヴァの店。
  戻ると客は完全にいなくなってた。ああ、いや、ケリィのおっさんがまだカウンターに突っ伏して酔い潰れてる。
  ノヴァさんとシルバーはいない、奥で昼飯かな?
  オーナーのゴブはカウンターを拭き、トロイはモップで床を磨いてた。
  「兄貴、お帰りなさい」
  「おう」
  「ブッチ、昼飯食うか? ちょっと昼から過ぎてるけどな。西から来た商人からレシピを買ったんだ、試作だが食わないか? ノヴァとシルバーはうまいと言ってる。俺もだ」
  「試作? どんな食い物だ?」
  「ハンバーガーと言うものだ。バラモンステーキを焼いてパンに挟むんだ。特製ソースを塗ってな。野菜も挟むらしいんだが、そんなもんはキャピタルにないから缶詰の野菜を代用してる」
  「へー。うまそうだな。というかパンって何だ?」
  「兄貴、実際美味いですよ」
  「へー」
  「これだ」
  皿に乗せて実物をカウンターに乗せる。
  ステーキを挟んでいるものがパンか?
  「ボルトにもパンはないのか?」
  「見たことないな。どうしたんだ、その、このパンってやつは? どっから仕入れたんだ?」
  「小麦粉ってのを買ったんだ。ちょうどミスティが行ってるポイントルックアウトからきた舶来物だ。レシピを入手して、試行錯誤で焼いたんだ。お手製なんだぜ?」
  「すげぇな、ゴブは」
  「そ、そうか? そう言ってくれると嬉しいよ」
  「なあ、これってまだあるか?」
  「ハンバーガーか? ああ、あるよ。何だ、育ち盛りだから一個じゃ足りないのか?」
  「Drに昼飯デリバリーするって約束したんだ。一つ売ってくれよ」
  「試作品だからただでいいよ」
  「マジか、ありがてぇ」

  「おお、いたいた」

  「ん?」
  振り返る。
  入店してきたのは眼帯伊達男のビリー・クリール、そしてビリーが従がえる形でカウボーイハットとコートを着た2人だった。
  栗色のロングヘアーの女性と短い黒髪の男性。
  ビリーはコンバットショットガンを背負っているけど、それとは別に44マグナムを携帯している。他の2人は44マグナムだけ。
  俺はよく知らないけどレギュレーターという組織らしい。
  「俺に何か用かい?」
  「ああ、力を貸してほしい」
  「力、ね」
  厄介ごとか?
  かもな。
  「トロイ、Drの診療所に昼飯届けてきてくれ。それと患者よろしく頼みますって伝えておいてくれ」
  「分かりました、兄貴」
  Drの謝礼代わりの昼飯はトロイに任せるとしよう。
  「よお、ビリー、何か飲むかい?」
  「すぐにお暇するから大丈夫だ」
  気を利かせてゴブが聞くけどビリーは断る。
  「まあ、とりあえず座ろうぜ」
  テーブル席に俺は座る。
  相対するようにビリーは座り、2人はその後ろに立っている。
  圧迫面接かよ。
  やりづらい。
  「で、俺様に用件って?」
  「実はアンダーワールドまで行く必要があるんだ」
  「アンダーワールド?」
  行ったことはないけどDC廃墟にある、グール達の街だと前にゴブに聞いたな。
  知った名前が出たからだろう、ゴブが耳を澄ましている。
  「同道してほしい」
  「同道、俺がか?」
  「人手が足りないんだ」
  「待て待て、順を追って話してくれ。何しに行くんだ? そこの2人じゃ足りないほどの大事なのか?」
  「すまないな、焦り過ぎていた。説明しよう」
  「頼む」
  「理由そのものは簡単だ。水の運搬の調査だ」
  「調査?」
  「そうだ。メガトンもそうだが、各地で水の運搬量が激減している。そもそもここは初日に来ただけだしな。水狙いのレイダーの所為というのもあるが、どうも運搬の為のキャラバンを
  出しているリベットシティがそもそも水の量を意図的に制限している節がある、というのがメガトン共同体としての意見だ。それで調査の人間が各街の実態を調べてるってわけだ」
  「ふぅん」
  メガトン共同体、実質リベットシティ以外の街が参加している、メガトンを中心とした街と街の同盟関係的なものだ。
  加盟しているのはメガトン、ビッグタウン、アンデール、ウルトラスーパーマーケット、アレフ居住地区、カンタベリー・コモンズ、瓦礫の山で陸路として寸断され交流こそ特にないものの
  アンダーワールド、リンカーン記念館も共同体に属している。アンダーワールドとリンカーン記念館は地下のメトロを通っていく必要がある。
  「ブッチ、俺と一緒に行ってくれないか?」
  「そんなにやばい旅なのか?」
  レギュレーターは凄腕揃いと聞いているが。
  「モニカとアッシュは同道しない」
  「何で?」
  「メガトン共同体の仕事だからさ。今回、俺はレギュレーターとして動いているわけじゃない。調査隊の1人として動くことになるのさ」
  「じゃあ市長もか?」
  「そうだ。調査の為にレギュレーターを使うとソノラがうるさいしな」
  「なかなか大変なんだな、ビリー」
  「ああ。レギュレーターも今手薄でね、エンクレイブに吹き飛ばされたから新しい本部の立ち上げの件もあるし、頭を失ったレイダーや奴隷商人、タロン社がバラバラになってそこらで
  暴れてる。統率とか拠点がなくなったからばらけすぎて対処に追われてるのが現状だ。新しいスーパーミュータントの組織、レッドアーミーの件もある」
  「助けるのはいいが、一応は用心棒なんだが……」
  「アッシュがここに残る」
  「いいのかよ? さっきレギュレーターは使えないとか……」
  「モニカとアッシュはソノラが寄越したんだ、この街の防衛の為にな。街に留まる以上、問題はない。……モニカは街を出るけどな、新本部立ち上げの件でソノラが呼び戻した」
  「ふぅん」
  用心棒の代わり入るのか。
  なら、問題ないか。
  多分腕は俺より上だろうな、アッシュって奴は。たぶんモニカも。
  俺は強くならないといけない。
  ジェファーソン記念館では完全に役立たずだった。
  あんななんじゃ駄目だ。
  「ゴブ、俺しばらく抜けていいか?」
  「構わんよ。ああ、ブッチ、出来たらでいいんだがウィルヘルム埠頭に行ったらミルレークシチューのレシピを手に入れてきたくれないか? キャップは渡すから」
  「ミレルーク……あー、さっきのか」
  客が注文していたような。
  この店にはなかったけどな。
  「分かったぜ、ゴブ」
  「それともう一つ。アンダーワールドに行くんだろ? 母親のキャロルにお土産を持って行ってほしいんだ。頼めるか?」
  「分かったぜ。お袋は大切にしないとな」
  自分の母親を思い出す。
  大切に、しないとな。
  「ビリー、行くぜ、俺」
  「助かる」
  「具体的には何すればいいんだ?」
  「アンダーワールドはメトロを通ったりするし遠い、道中の護衛、いや、道中の戦力が欲しいんだ、俺も戦えるしな。向こうでは自由行動でいい。水の運搬状況を調査するのは俺の仕事だ」
  「戦力は多い方がいいのか?」
  「そうだが、宛は……ケリィか? あいつはやめとけ、アンダーワールドには行けない」
  「何で? あいつ強いだろ?」
  「スカベンジャー時代のあいつと何度か組んだことがある、確かに強いが、何というか、ジェファーソン記念館の戦いでMr.クロウリーに借りを作ってるからな、近寄り難いらしい」
  「誰だ、そりゃ?」
  「ケリィの昔のスカベンジャー仲間さ」
  「ふぅん」
  「それにあの状態じゃ役に立たんだろ」
  「……確かにな」
  完全に酔い潰れてる。
  あれじゃあ使い物になんねーぜ。
  「依頼料として1000キャップ払うよ、ルーカス・シムズから預かってる。今すぐ払う」
  「それでいつ行く?」
  「早い方がいいから、今すぐにでも」